3月20日号 『幽霊はいない』
臆病なうえ縁起を担いだり近所の神社のお守りを身につけたり「やじうまワイド」のヤジオくんとウマコちゃんの星占いを毎朝見たりするくせに幽霊はいない、と信じている。なぜかというと根拠がある。
高校を卒業して、当然のように大学浪人生活に入った。両親が埼玉の奥地に引っ込んでしまったもので、わたしはひとり井の頭にアパートを借りて暮らすようになった。6畳一間のアパートは、京王井の頭線の井の頭公園駅のそばにあったが、吉祥寺の駅まで井の頭公園をぶらぶら歩いても20分くらいの場所だった。ここは大昔、我が家があった土地で、土地勘もあるうえ郷土意識みたいなものも感じ、さらに少なくとも当時の吉祥寺は若々しくて何か起きそうな雰囲気に満ちていて、ひとりで暮らすなら吉祥寺のそばだ、と決めた。 このアパートには、昔からの友人がよく立ち寄ってくれた。その中にやはり大学浪人中だったMがいた。彼は、ハワイアンミュージックと読書と自動車レースを好む奇妙な男で、中学時代にぼくを初めて富士スピードウェイに連れて行ってくれた。
ある日、いつものようにMがぶらりとわたしのアパートへやってきて、二人でゴロゴロしながら受験勉強などをしていたのだが、ひょんなことで死後の世界の話になった。そのときわたしたちは「もしどちらかが先に死んだときには、霊魂の存在を証明するために相手の前に化けて出ることにしよう」と約束をした。わたしもMも霊魂の存在には否定的だったが、もし死んで初めて霊魂という形で自分の意識が存在し続けるということがわかったら約束通り相手に通報しよう、もし通報がなかったらやはり霊魂はなかったのだなと納得しよう、というわけだ。
その場はそれで話は終わった。その後、Mは願い通り志望校に合格し、わたしは志望校に再び落ちて2年目の浪人生活を続けた。Mは気を遣ったのかあまりわたしのアパートに寄ることもなくなったが、ときどきは顔を合わせて話したりした。そのうちMが就職を決めたと知らせに来た。これから暮らす1年間のスケジュールを書き込んだ手帳を開いて見せ、「これしか休めないんだよ」とため息をついたMの姿を思い出す。
おそらく、Mと合ったのはそれが最後だった。1年もたたぬうち、突然共通の友人から電話がありMが急死したことを知らされた。なんでも心臓の病気が見つかり、「ちょっと入院する」と荷物をまとめて自分の足で家を出て病院に向かい、その夜に亡くなってしまったのだという。あまりのショックに、わたしは彼の告別式に出かけることができなかった。まだ若かったわたしには、友人の死を受け容れることができなかったのだ。
告別式のあった夜、わたしは突然昔彼とした約束、つまり「先に死んだ方が化けて出る」という約束を思い出した。そして、「あいつはきっと出てくる」と恐ろしくなった。いくら親しい友人でも夜、突然目の前に化けて出られたら平常心ではいられない。わたしはもしMが現れても動転しないように、枕元のスタンドを点けて寝ることにした。
しばらくの間、わたしはMが化けて出ても慌てないように、と心の準備をして、電気スタンドの電気をつけベッドに入るということをした。何度か真夜中にぞくぞくと胸騒ぎがして「とうとう来たか」と思ったこともあったが、結局Mは現れなかった。あれから20年以上が経ったけれど、Mはやはり現れない。Mは何も残さずにこの世から消えていなくなってしまった。そのかわり、「霊魂はやはりなかった」、と教えてくれたのである。