8月19日号 『世界で一番おいしい飲み物』
案の定というか何というか、シーズンが始まったら、週刊ページはパッタリと休眠してしまった。しかたがない。仕事を減らして充電するつもりのシーズンが、何をどこでどう間違ったか、昨年よりも忙しくなってしまった。というわけで忘れた頃の新刊である。
最近でこそ節酒しているが、わたしは自他共に認める酒好きである。和洋中、原料強弱問わずアルコールさえ含有した飲料であれば何でも大喜びで飲む。きっと、木のむろに熟成された猿酒だって、猿と輪になって飲んで酔っぱらえる。だが、世界で一番好きな飲み物は?と聞かれたら、わたしは迷わず「牛乳!」と答えてしまうのだなあ。
スポーツをした後、流れる汗をぬぐいながら「プハーッ」と飲み干すのはビールと相場が決まっている。実際、仲間と共に運動やら仕事をしてそれが終わろうとする頃になると、どこからともなく「ビール飲みてえっ」とうめく声が聞こえてくる。その感性を否定するものではない。わたしも、自分の身体や精神にかかる負荷から解放されたとき飲むビールはうまいと思う。いや、わたしはそもそも、かなりのビール好きであって、負荷の真っ最中だとか負荷がかかる前だとかにも、こっそりビール飲んで嬉しがる、かなりの人格破綻者である。
おもしろいのは十中八九の人間が「でも、ホントにうまいのは最初のひとくちだけだよな」ともらすことで、わたしもそう思う。二口目からは「けっこううまいよなあ」になり、1杯飲み終わる頃には「まあまあうまい」に変わり、2杯目以降は「いいんじゃない?」でしばらく続く。トルクカーブの低下は、他の多くの方比べたらかなり緩やかではあるが、飲み続けるうち「おれって、今や惰性でビール飲んでないか? これがウマのオシッコでももはや気づかないんじゃないか?」と自問することも珍しくはない。
ウマのオシッコといえば、イギリスだ。イギリスでビールを飲もうとすると、大きく分けてラガーとビターを選ばなくちゃいけない。ラガーは日本人にとっての一般的なビールであって、我がニッポン国ほどではないにせよ大抵ある程度冷やしたものを飲む。ところがビターは、店で頼んでもほとんど冷やさないまま出てくる。わたしは案外このビターが好きなのだが、イギリス在住だった頃の義兄は「あんなウマのションベンみたいなもの飲めるか」とわたしを萎えさせたもんだ。元々イギリスのビールの本流はビターだったらしいけれども、少なくとも今のイギリス人の多くはラガーの方を好むようで、たとえば夏のイベント会場のビアホールではラガーが売り切れていてもビターは山ほど残っていたりする。それはともかく。
わたしを含む多くの人間がスポーツ後やら仕事後に「ビール。ビール!」と騒ぐという話だった。で、わたしは「ビール、ビール!」と表面では騒ぎながら実は「ホントは牛乳飲みたいんだよな〜」と思っていたりするということを白状する。だって牛乳、おいしいんだよ。
特に、汗をかいてのどが渇ききっているとき飲み干す牛乳はサイコーだ。ビールと違ってのどから食道、胃に至る身体の内面を滑り落ちていくときの滑らかさがいい。きっと乳脂肪分のしわざだろう。確かにビールの炭酸の刺激もキモチいいんだが、そりゃあくまでも表面的な刺激であって、飲料としての醍醐味は醍醐味というだけあって乳脂肪分で快感を呼ぶ牛乳がはるかに上だ。
とかなんとか言うと、「酒飲みのくせに牛乳好き?」と顔をしかめられたりする。そういえば、インディ500の優勝者は、シャンペン振り回すかわりに牛乳を飲み干すしきたりになっていると聞く。なんでもスポンサーとのしがらみから始まった風習らしいのだが、酒の代わりに牛乳、という取り合わせは「奇妙な風習」として語られがちだ。しかし考えてみれば、牛乳を主成分としたカクテルだって珍しくはないし、牛乳を原料に作ったチーズは酒のツマミの王道で、そもそも牛乳と酒の相性はいいはずなのだ。当然酒飲みが牛乳を好んでも不思議はない。調子に乗って白状すれば、貧乏学生だった頃に部屋で安酒を煽るとき、わたしは牛乳をツマミがわりにチビチビなめたもんだ。かなり奇怪な光景ではあるけれども、決して悪くはなかった。
というわけで、わたしは世界で一番うまい飲み物は牛乳であると断言する。妙齢の女性と夜の時間を共にするときに牛乳を飲もうとは思わないけれども、ひと仕事終えて「カンパ〜イ!」と生ビールのジョッキを掲げている集団の中のわたしが「あ〜、牛乳飲みて〜」と密かに思っている確率はかなり高いと思う。