10月23日号 『ハンズデバイス』
シートベルトのTAKATAと童夢が共同で、ハンズデバイスのダイナミックテストをするという話は、9月末にインタビューした道上龍に聞いて知った。道上は5月のアクシデントをきっかけに自分でハンズデバイスを入手、すでに実戦で使用している我が国レース界のパイオニアである。
ハンズデバイスは、メルセデスの支援を受けた研究者がアメリカで開発したレーシングドライバーのための安全装具で、CARTレースなどではすでに義務づけられ、F1グランプリでも採用が検討されている。構造は簡単、カーボンコンポジット製の「コの字」型のフレームを背負い、そのフレームとヘルメットをシートベルトと同様の材質でできたストラップで結ぶというもの。事故時、頭部に加わった衝撃をベルトで受け止めてむち打ち状態を食い止め、脊椎損傷を防ぐ仕組みだ。ベルトはシートベルトと同様の材質でできており、衝撃を受けるとある程度伸びて、その衝撃を吸収する。ベルトの長さは「5インチ」が標準だと聞いた。
ハンズデバイスの仕組み。赤で示したのがベルト。
もっとも、当然ながらベルトの伸びには限界があり、伸びている間、脊椎に加わる物理的な衝撃を軽減することはできても、伸びきってしまったときには急激にヘルメットの動きを規制することになり、その分頭蓋骨内で脳にかかる衝撃が増えるのではないかという指摘もあり、現時点では必ずしも万能というわけではない。道上も、その点に不安があるらしく、「全体的な安全性は高まると確信しているけれど、実際にどういう状況になるのか、実験に立ち会って確かめようと思う」と言った。わたしも興味はあったが、忙しい時期だ。迷ったけれども敢えて取材を申し込むつもりはなかった。
ところが日本グランプリのサポートイベントとして開催されたフォーミュラドリームで深刻なアクシデントが起きた。車体の中で振り回されたドライバーは大きな外傷を負わなかったが脊椎を骨折した。映像を見る限り、ハンズデバイスを装着していたら、と思わざるをえない状況だった。それで、急遽わたしもダイナミックテストに立ち会おうと決めて、取材から帰ってから関係処方面に連絡をとったら快く申し出を受け入れてもらえた。
実験は、滋賀県彦根にあるTAKATAの工場で、栃木県のツインリンクもてぎでFニッポン第9戦が開催される週の金曜に行われる。鈴鹿のF1日本グランプリ取材から帰って、たまった原稿を片づけ、滋賀と栃木をまたにかけなければならない。結局原稿は片づかず、宿題を抱えて木曜の夜、彦根へ入った。TAKATAは、シートベルトの開発をするため、HYGEと呼ばれる巨大な衝撃実験装置を持っている。実験はそのHYGEを用いて行われた。
HYGEに設置されたハンズデバイスを装備したダミー人形
データを見る限り、確かに必ずしも万能ではないにせよ、絶大な効果も示した。総合的な結論はデータや画像解析を通して、近いうち導かれ公開されるはずだ。もし万能ではないと結論づけられたとしても、安全性というものは確率の問題で考えるべきものだ。運悪くハンズをつけていたために余計な負傷を受ける可能性が残るにせよ、それ以上の範囲でハンズが深刻な負傷を防止するならば、その効果は「ある」のだ。実験に立ち会ったドライバーも同意見だった。ただし装着感など、実用面での課題はいくつか残っているようで、今後の改良は必要ではありそうだ。
ヘルメットにブラケットを取り付ける必要がある。ココで示した部分に金属のブラケットが見える。日本ではアライヘルメットが公認メーカーだが、ハンズが急激に普及したとき、ブラケット取り付けの費用と手間は大問題になりそうだ。
ハンズデバイス本体。赤いストラップはオプションのクイックリリース用。これを引っ張ると、ベルトの途中にある金具が外れ、ヘルメットが自由になる。緊急脱出のとき使うもの。