2月11日号 『今年の主役はF3なのだ』

今年は、開幕までとにかくゆっくり休もうと思ったのに、根性のすわりが悪くてそろそろ落ち着きがなくなり、結局今シーズンのスケジュールなど表にしてあれこれ思いを馳せ始めてしまった。あれやこれや手を変え品を買え生活態度を改めてはみたものの、重症のワーカホリックは少しも快方へ向かわない。

さて今年、わたしが最も楽しみにしているのは、何を隠そう全日本F3選手権シリーズである。しかもその興味の方向は、上位カテゴリーを目指して闘う若いドライバー諸君の動向ではなく、F3を取り巻くレーシングテクノロジーへ向いている。F3など、市販シャシーを使うマイナーフォーミュラであって、今さら学ぶべき新技術などないと決めつけたら大損する。今年のF3は、テクノロジー趣味の人間にとっては非常に見どころの多い1シーズンになりそうなのだ。

その最大の理由は、ローラと手を組んだ我が日本のレーシングカーコンストラクター、童夢が新しいF3シャシーをデビューさせることだ。海外進出後、2座席スポーツカーでFIAスポーツカー選手権チャンピオンとなった童夢にとって、世界的コンストラクターとしてF3進出とその成功は大きなステップアップにつながる。



現在F3は世界各国で開催されており、事実上世界最大のフォーミュラカーカテゴリーである。採算など完全無視で資金と技術等の資源をつぎ込んで闘うF1グランプリはきわめて歪んだ競技だが、F3は製品を作って売れてこそ成功という意味で「実業」である。その実業に、童夢がどんなテクノロジーを持って対峙しどんな闘いぶりを見せるのか、わたしの気持ちはいつになくワクワク高揚する。

技術のレベルというか、外から眺めたときのおもしろさというものは、決してそれを実現するための資金の量に比例しない。近年のF1グランプリは、そこを無視して技術の壁を資金の勢いで押し切ってしまうという非常に単純で強引な手法を選んでいるわけで、確かに目新しくて派手な技術が登場しがちだけれども、練りに練ったアイデアや苦し紛れの発想はなかなか見られなくなった。だが忘れてはいけない。たとえば同じ性能を実現する場合、コストがかかっている方とコストがかかっていない方のどちらが高レベルの技術かといえば、言うまでもなく「安い方」なのだ。技術には金をかければいいというものではないのである。

もちろん、だから安い方が素晴らしいレーシングカーなのだなどと怒鳴る気はない。コストパフォーマンスを追究するという技術的な努力が闘いの重大な要因になると考えれば、今年童夢が新しく開発したF3シャシーの行く末は、レースファンにとって非常に興味深い話題になって然るべきで、だからこそわたしは今年のF1グランプリでフェラーリが勝ち続けるのかどうかと同じかそれ以上の興味をもって全日本そしてその他童夢の開発したF3シャシーが出走する各国シリーズに注目するのだと言っておきたいだけだ。

ちなみに、現在世界のF3レースでは、イタリアのダラーラのシャシーが寡占状態であって事実上敵は存在しない。世界にレーシングカーコンストラクターは数あれど、今のダラーラにケンカを売ろうという者もいなくなってしまった。ここまで圧倒的なシェアを握ってしまったコンストラクターと闘うためには、車体そのもののの性能はもちろん、販売価格や供給支援体制、そしてもちろん営業力など、様々な面での競争に打ち勝たなければならないからだ。

だが童夢はそこに攻め込んだ。もちろん後先考えずに竹槍で突撃したわけではない。そこには童夢なりの勝算があったのだ。童夢はまず、コンストラクターの老舗、英国ローラ社と手を組み、共同開発プロジェクトとした。ローラは経営不振に陥った後、経営体制が二転三転し、現在はF3に進出するだけの技術的基盤も余裕もない。しかし、長年の活動を通して培った、世界各国へ広く製品を供給するネットワークを持っている。一方、童夢は小回りのきく技術者集団であり短時間に高性能のレーシングカーを開発する実力は今や世界トップクラスにあるといえる。しかし、世界を相手にしたレーシングビジネスという意味では、まだまだ力不足だ。なにしろ世界進出第1作目となった2座席スポーツカー、S101は、圧倒的な実力を発揮してチャンピオンを取ったにもかかわらず、デビュー当初にヨーロッパチームへ渡った2台以外に、関係チーム以外からの受注はないままなのだ。

利害が一致したローラと童夢にとって、このF3開発プロジェクトには利害以外にもうひとつ狙い目があった。もはや有力なライバルがマーケットに現れることはあるまいと考えたダラーラに油断が生じていたことだ。性能競争で戦うライバルがいないのであれば、ダラーラはその技術力をメンテナンス性向上へ向けて顧客の満足度を上げたり、精算コストを下げて、収益率を上げたりする方向へ使う。もちろんこれも立派な「技術的進化」である。だが、ここに童夢は目をつけた。収益率はダラーラほどでなくてよい。場合によってはダラーラよりもメンテナンスがしにくくてもよい。そのかわり性能でダラーラを圧倒的に凌ぐ車体を作ろうと。

この童夢の目論見の基盤になったのはFIAの定めた車両規則である。FIAはF3の開発競争を抑制するため、モデルチェンジに規制をかけている。具体的には、新しくF3シャシーを開発した場合は、サバイバルセル(モノコックタブ)、ノーズコーンその他、車両の基本コンポーネントには3年間にわたって基本構造を変更してはならないとしている。そしてダラーラがニューモデルを開発し投入したのは昨年、2002年のことなのだ。



童夢は過去8年間にわたり、「顧客」としてダラーラ製F3を全日本F3選手権で使い実戦を通して徹底的な解析を行った。(その結果、昨年は最新のダラーラF302に乗る小暮卓史を全日本F3選手権シリーズチャンピオンの座につけている)その結果満を持してデザインされたのが新しいF3、ローラ童夢F106/03である。ところがダラーラとしては新たに登場したライバルであるローラ童夢F106/03を見たところで、それに即座に対抗するのは難しい。前述したFIAの車両規則により、昨年型ダラーラF302の基本構造をあと2シーズンは変更できないからだ。ローラ童夢はこの2年の間にダラーラに追いつき追い越し、顧客を奪ってシェアを確保しようという戦略である。

昨年6月、ローラと童夢が業務提携を発表しF3市場へ参入すると発表して以降、ダラーラは新しい挑戦者が何を考えているかを悟り、臨戦態勢を整えた。昨年夏、イギリスF3選手権を視察するためイギリスのF3チーム、カーリン・モータースポーツを訪ねたフォーミュラドリーム関係者は、カーリン側が非常に不自然な態度をとるのに戸惑ったという。カーリンはダラーラのイギリス代理店であり、ダラーラとともに現場の最新技術が童夢へ流れることを警戒したのだろう。

確かにFドリームの車体は童夢が開発したものだが、Fドリーム自体は、カーリンにとって細川慎弥を預けてイギリスF3選手権を闘わせている顧客である。一方、童夢もまた(無限×童夢プロジェクトとも関連して)8年にわたってダラーラのF3を購入してきた顧客である。だが童夢は購入したダラーラに独自の改良を加えて進化させて性能を引き揚げることに成功しており、海外のチームの中にはすでに「ダラーラをベースに童夢が作った進化型の車体」と考える者もいると聞く。それぞれの思惑や疑心暗鬼が渦巻く中、童夢はローラと組んでローラ童夢F106/03を開発した。

昨年クリスマスに鈴鹿サーキットでF106/03のシェイクダウンテストが行われた。童夢および無限関係者は、新しいF3シャシーの細部の撮影を避けるよう我々取材者に依頼してきた。無限としては、発表前の新型エンジンを搭載しているという事情もあったようだが、ふだんは開放的な童夢がニューマシン、それもF3クラスの車体を公のコースで走らせながら周囲に見せたがらないのは珍しい。

聞けば、ダラーラがローラ童夢F106/03に対抗するため、ダラーラF302の基本構造には手を加えられないものの車両規則の規制を受けない部分の改良を予定しており、そのアップデートキットの発表をシーズン開幕直前まで引き延ばす意向を示したからだという。つまりダラーラは、ギリギリまで童夢の様子をうかがい、対抗措置を打つと同時に顧客離れを防止する戦略に出たのである。当然、童夢も手の内はギリギリまで見せない方針に出たというわけだ。「今さらアップデートキットで対応できることは限られていますけれどね」と童夢の技術者は苦笑してはいたが。

実はダラーラが不利なのは1年間の出遅れだけではない。前述したように、競争相手がいないのを良いことに、コストダウンに開発の重点を置いた結果、「アップデートのやりにくいデザイン」になっていると童夢の関係者は指摘する。一方のローラ童夢F106/03は、ダラーラの出方次第、実戦の状況次第で、FIAの規制する基本構造以外の部分でも大幅な改良ができるよう当初から工夫されているというのだ。



ローラ童夢F106/03が現状で抱えている問題のひとつは、製作コストだ。童夢はコストについて明らかにしないが、現行ダラーラよりははるかに高価な車体になっているのは間違いあるまい。しかし当然ながら販売価格はダラーラと同等の980万円となっている。当然、今のままではいくら売れたところでさほど儲かる商品ではあるまい。ローラ童夢としては今年、来年はダラーラと闘って追いつき追い越すための2シーズンであり、コストパフォーマンスを追究した商品で「本当の勝負」をかけるのは再来年、2005年シーズンだということになる。

いやもう、実際にローラ童夢F106/03がダラーラと闘い始める前から話がおもしろすぎて参った。これが実際の(それも世界中の)コースの上で格闘が始まったらどうなるのか。コストとシェアの争いというF1グランプリには存在しない要素があることを考えれば、これは場合によってはF1グランプリよりもひょっとしたら楽しめるのではないか、と今のわたしは胸をときめかしているのである。というわけで、今シーズンは全日本F3選手権(ローラ童夢F106/03は海外でも走る予定だが、わたしは飛行機に乗って外国へ行くのが大嫌いだ)が最大の見もの。そう決めた。