5月29日号 『ランナーズ東京10K夏大会』

■市民ランナー界に驚く
「市民ランナー界は大変なことになっているようですね」と友人が電話で驚いていたが、これまで門外漢だったわたしも、初めて本格的なレースにエントリーして、まさにそう思った。会場になる昭和記念公園の駐車場へ開園時刻に着くとすでにクルマの行列ができていて、ゲートが開くや皆さん一目散に駐車場の好ポジション確保に走る。こちとら、自分がレースに出ることに一所懸命で、それ以前の駐車位置など考えてもいなかったので呆然と状況を眺めるに、どうやら入園ゲートに近くかつ木陰になることが判断の基準のようである。よくもまあそんなこと知っているな、というかそんな些細なことにこだわるもんだなと驚いているうちに、これら条件が充たされた区域は占領されてしまい、わたしは少々ゲートから離れた区域の、ポツンと立った木の下に陣取った。といっても100mかそこらしか違いはないんだが、この闘争心というか言っちゃなんだがセコさというか、ある種の緊迫感に朝っぱらからまず慌てたものだった。

ゲートから公園に入り、「大会受付→」の看板を追って公園の中をテクテク歩くと、老若男女、大会に参加するとおぼしき人々の群れが徐々に出来ていく。本格的大会には初めての参加で右も左もわからないが、まあ自動車レースに出場するより手続きが厄介なことはあるまいとタカをくくっていたら案の定簡単だった。まず大会受付と大書されたテントを見つけ、近づいていくと受付番号別の窓口があり、そこへ並んで受理書を見せるとゼッケンや計測用チップ、参加賞(スポーツタオルだった)の入った袋を手渡される。これで手続きは完了、あとは勝手に用意して決められたスタート時刻にスタートラインに並びスタートし、走って満足したらさっさと帰れ、という話だ。やれ参加確認だ、やれ車検だ、やれ装備品チェックだ、やれメディカルチェックだ、やれスタート前ブリーフィングだと面倒このうえない自動車レースに比べてなんと簡単でサワヤカなことか。

ちなみに、市民ランナー界ではいまや常識らしいが、わたしは人間のレースに自動計測システムがあることを今回の参加を通して初めて知り驚いた。渡された計測用チップは500円玉大のプラスチックケースに内蔵されており、ランニングシューズのヒモに通して固定する。非常に軽いから違和感はまったくない。これで、計測ラインを横切ると自動的に計時される仕組みである。今回はテストケースとして胸につけるゼッケンにもマッチ箱大の計測器が取り付けられていたが、これも違和感はまったくない。

出走準備は、おのおのランニングウェアに着替え、ゼッケンを胸に安全ピンで取り付け、計測チップを靴に固定するだけ。更衣用テントや所持品預かりテントもある。冷やしたミネラルウォーターをタダで好きなだけくれるブースもある。天気も良いのでわたしはスタートライン脇の木陰に陣取り、用意をした。駐車場があんな状況だったので、現場での陣地取りはもっと大変かと思ったが、さほどではなくて拍子抜けした。しつこいがわたしはこの手の陣地取りが大嫌いだし大の不得意なのだ。まあ、このなごやかな余裕も、雨が降ったら話は別なのかな。

ウェアと靴はホテルで身につけていたので、用意と言っても計測チップを取り付けるだけ。それでも用意が済むと、気持ちの良い緊張感に包まれた。自動車レースほどの覚悟(なにしろ自動車の場合、失敗したら高額の修理費がかかったりいろんな人に迷惑をかけたりするのだ)は不要で、単純に自分の競争に集中できる。感じたことのない不思議な高揚感に包まれワクワクしながら軽く準備運動。トイレに行っておこうと近くのトイレへ行ったら行列になっていたので、もう少し先のトイレまでウォームアップをかねて軽く走る。少しだけ足を伸ばしたら空いたトイレがあった。行列嫌いのわたしは、こうしたことでギスギスするのが一番イヤだが、少なくとも昭和記念公園はトイレ事情が非常に優れていて気持ちがよい。


不思議な高揚感に包まれつつ準備運動中。

大会の種目は子供1km、3km男子女子、5km男子女子、10km男子女子と別れており、年代や性別によってスタート時刻とコースが少しずつ違う。わたしの出走する男子10kmは昭和記念公園の外周を2周する。大会の進行は軽快で、子供のレースからどんどんスケジュールが進む。そりゃそうだ。自動車レースは車両の移動だ何だと時間がかかるし赤旗中断だ、車両回収だとスケジュールが遅れていくものだけれども、人間様のレースは本人がひょい、とスタート位置に立てばいいだけだ。そもそも、3kmレースだったか5kmレースだったかではスタート最後尾の人間は、まだゼッケンも胸につけておらず、オタオタ準備しながら走り出していた。おおらかでよろしい。

■スタート位置は?
以前からマラソン等、長距離走の様子を見ていて不思議に思うことがあった。スタート位置である。コース幅に対して出走者が多く、前方の人間と後方の人間とでは走り始めの位置がかなり異なる。と言って、自動車レースのように予選があってスターティンググリッドが決まるわけでもなさそうだ。一体あのスタート位置はどうやって決まるのか。順位を競う以上先頭が有利、最後尾は不利であるはずだ。「オレは絶対先頭からスタートしたい」と主張したら一体どうなるのか。

少なくとも市民レベルのレースでは、参加者それぞれが自分のレベルに合った位置に立つらしい。レースによっては、おおよその自己申告目標タイムを指示するプラカードが示され、それを目安に立つことになるようだ。で、例によって場所取りが大嫌いなわたしは、今回のレースはどうなるのかな、と若干心配だった。念のため、春に同じ場所で行われたレースのタイムを調べるとわたしの目標タイムではかなり後方になるはずなので、自分が立つべき位置の見当をつけてはいた。ちなみにわたしの目標タイムは55分。最悪1時間を切ろう、でもうまくいけば50分を切れるかな…とそんな感じだった。

いざスタート時刻が近づき、スタート場所を決めようと眺め渡すと、さすがに前方は混み合っていたけれども、中団以降は、立とうと思えばどこでも立てる状態だ。とりあえず適当と思われる位置に立ってみたが、改めて全体を見渡すとまだかなり前になるようで気後れし、周囲に余計な迷惑をかけたらなんだしな、とスタート直前にさらに後方へ下がった。ただあんまり後方でもダレちゃうかもしれないなと、そこそこにしてみた。(笑)

そもそもこれほどスタートが大らかなのは、計測チップを導入した結果コントロールラインからコントロールラインまでのいわゆる「ネットタイム」で計時が行われるようになったかららしい。かつては、スタート合図から一律計測が始まる「グロスタイム」計時だったから、スタート位置に大きな意味があったわけだ。現在でも、必ずしもすべての競技会がネットタイム計時だとは限らないようだ。確かに、ネットタイム計時だと、レース中の抜きつ抜かれつが勝敗と無関係になってしまうというショーアップ面での弊害があるにはある。まあ、ショーアップなどには関係ない市民ランナーにはネットタイム計時があらゆる面で嬉しい。


といいながら先頭集団はこんな状況で…。


合図とともにこんなスタートダッシュしてるし…。

■戸惑いながら走り出す
スタート前思い立って、念のためにキャップを水で濡らしてかぶった。今思えば、これがかなり役に立った。群衆の中で待っていると、前の方でスタート合図のピストルの音が鳴る。その瞬間、そういえばこの音で走り始めるのは一体全体何年、いや何十年ぶりのことか、と思った。もっとも、スタート位置が後方だったから合図と共に動き出すわけではない。足踏みしているうち徐々に集団が動き始める。もちろんネットタイム計時だから慌てる必要はないわけだ。

コントロールライン近くでようやくランニングスピードになる。通過の瞬間、腕につけたストップウォッチを押して手元計測も始めた。ところが、走り始めからそこまで少し時間があったためか、それとも緊張していたためか、計測開始ボタンとスプリットタイム計測ボタンを取り違え、計測が始まらない。走りながら「あれ? あれ?」と首をひねり、しばらくしてようやく勘違いに気付いて自分の計測を始められた。


後方からこんな感じでのんきに旅立ったのでした。手袋はちとワケ有り。

スタートラインを超えても混雑は続き、自分のペースでは走れない。とにかく周囲の人にぶつからないよう気をつけて進む。自分のペースが速いのか遅いのかを考える余裕はない。そのうち少しずつ空間的余裕ができてくると、抜かれるよりも抜く方が多くなってきた。かなり前方にいたはずなのに、周囲のペースが遅く感じられる。「おや〜?調子いいんじゃない?」とかなんとかほくそ笑んだりもしたんだけれど、よお〜く考えてみれば、実はこれが大きな勘違いだった。

スタート地点は木陰だったので気付かなかったが、しばらく走って視界が開けると日差しが強い。そのうち1km地点を示す看板が見えてきた。ストップウォッチを確認すると、5分を切っている。単純計算すれば50分、まずまずのペースである。しかし、1km地点ですでにわたしは自分の調子がいつもの練習のときとは違うことにうすうす感づいていた。どことなくいつもの1kmより負荷をおぼえるのだ。いい感じでオーバーテイクを続けてきたのに、なんだか疲れている。要するにオーバーペースだった。

■妙に疲れる
2kmも5分そこそこで通過する。タイムは快調だけれども、やはりいつにない負荷を感じる。大体、平らなところを走った経験があまりないので、果たしてこれが正しいペースなのかどうかもわからなかった。いつも走っている坂道だと、現在のわたしは1kmを大体5分30秒程度で走れる。以前鈴鹿を走ったときの経験から推測すると、平らならば少なくともおよそ20秒以上は速く走れそうだな、うまくいけば平均5分で走れるかもしれないな、と目安はあったが、さほどの根拠があるわけではない。

仕方がないので自動車レースのときのように誰かに引っ張って貰おうと思い、周囲から見繕って自分のペースに合うランナーを選び、くっついていくことにした。とある人の後に付いてみた。当初は「いい感じ」と思ったが、今思うとわたしにはどうも少しずつオーバーペースだったようだ。2km過ぎに給水所が出てきた。10kmなら特に給水の必要はないだろうし、慣れないと水を飲むときむせて大変と聞いていたので、当初は特に給水するつもりはなかった。でも走り出してみると予想以上の肉体的負荷を感じているので、どうしたもんかなと迷い、とりあえず給水してみよっかなと決めたらタイミングがあわず、カップを取り損ねて空振りし、悲しかった。

3kmはさらにペースが上がり区間5分を切った。この時点では前のターゲットが良いペースメーカーになっていると考えていた。ただ、3kmで感じる負荷としてはやはりどうもふだんより重い。そもそも疲れ方が違う。呼吸は楽でさほど乱れないのに、身体が重くなっていく感じなのだ。さらに右足裏が引きつるように痛み始め、(これは持病)、左足小指にマメが出来はじめた様子。左足のマメについてはレース直前に導入したインソールのセッティングに問題があったかもしれない。

やっぱり付け焼き刃はいかんな、とかなんとか考えながら走っていると、なかなか4km地点が出てこない。1kmを恐ろしく長く感じ始めたのである。「あれ? 4km看板見落とした? いや、立ってない?」と、頭がぐるぐるするが、手元の時計を見るとまだそれほど走っていない。練習時の感覚が狂ってきている。4kmは区間5分10秒で通過したものの、これはもうペースを落とさなくては無理だなとあきらめ、そこまでスリップストリーム状態だったターゲットとの間隔を開いていった。

計算上は、このままで行けばなんとか平均5分/km、通算50分ペースだがこりゃちょっと無理だなとようやく頭が現実を認識し始めた。4km過ぎの第2給水所では確実に給水しようと決めた。と言うよりも給水しないと続かないぞと覚悟した。走りながらカップを取って半分飲み、半分を頭からかぶった。やはりむせたが、頭からかぶった水が予想以上に気持ちよかった。「ということはオレ、予想以上にバテているんだな」と、自分の置かれた状況がより厳しいことを自覚した。

1周5kmを走り終えてスタートラインへ戻ってきた。5kmの区間タイムは5分27秒、通算タイムは26分57秒(正式計時)だったが、この先のペースダウンを考えると55分も厳しいかも知れないと計算しながらコントロールラインを通過した。ふだんわたしは5km強のジョギングを1週間に5日程度のペースで続けているが、5kmでこれほど苦しんだことはない。オーバーペースということもあっただろうが最大の原因は、予想もしなかった炎天だったのではないかと思う。この日の東京は晴天で、気温は29度に達したという。走っている最中はあまり感じなかったがやはり身体は慣れないコンディションに痛めつけられていたのだろう。2周目に入ると、歩き出すランナーがちらほら見え始めた。そのうち倒れて介抱されるランナーも現れた。「やっぱりみんなきついんだな」と思ったが、自分の苦しさがどうなるものでもない。

とにかく歩くまい、完走だけはしようと心に決め、ペースを落としていく。6kmの区間タイムは5分36秒、7kmの区間タイムは5分51秒。7kmすぎの給水所には迷うことなく駆け込み、水をかぶった。飲みこむ体力的な余裕がないような気がしたし、身体を直接冷やしたかったからだ。後半、身体、特に靴の中の足が暑くてかなわなかった。こんな経験は初めてだ。今使っているナイキのランニングシューズは、非常に通気がよくて「いやに足が涼しいな、どんな空力が働いているんだろう」と思ったことはあっても暑いと感じたことはなかった。「これはやはり身体に何か普通ではないことが起きているんだな、大丈夫か、オレ」と気弱になる。スタート前、帽子を濡らしていなかったら、わたしはあっけなく限界に達していただろう。

7km過ぎて、道ばたでバタバタとランナーが倒れ始めた。おそらく500m置きくらいに4,5人出くわしたのではないか。「こりゃなんだか大変なことになっているぞ」と思ったが次に誰が倒れるって、オレ様は有力候補のひとりだぞ、と緊迫した。この頃には1kmがあまりにも長く感じられるので、「道を間違ったか?」とかありえない妄想に取りつかれたりした。そうでも考えないといたたまれないほど1kmが長く、つらかった。

■完走だけはしよう
8kmの区間タイムは5分58秒。残り2kmだがもう限界だ。わたしは、とにかく歩かず完走を果たそう、もうタイムは意識するまい、オレは負けたんだ、とがっくりペースを落とした。それ以降はあまり状況を憶えていない。3回目の給水でも頭から水をかぶり、おそらくは9kmすぎあたりにあった「公式撮影ポイント」でカメラの真ん前を通ってやろうとコース取りしたのにカメラマンがいなくて悲しかったことなどしか記憶がない。(って、限界まで来ていながら何やってんだオレ、という気もするが)

今回、わたしは当日が誕生日ということもあって、自分の来し方行く末について想いめぐらすとともに、昨年の病気からの回復を自分自身で確認しつつ1年近くにわたって様々な人から受けた支援を思い出し感謝しながら走って、感動のフィニッシュを迎える予定だった。ところが、いざ走ってみると走るので精一杯になり、確認も感謝もあっけなくすっ飛んだ。まあ、考えてみれば、そんなものは雑念のひとつなのであって、すっ飛んでサワヤカだったような気もする恩知らずではある。

ゴール直前、前方にわたしよりペースダウンしているランナーを数人見つけ、あれだけは抜いてフィニッシュしようとわずかばかりのスパートをかけるが、追いついたかどうかを憶えていない。ゴール地点で女房が写真を撮ってくれたのは分かったが、声もかけずにフィニッシュ後わたしはふらふらとクールダウンしながらミネラルウォーターの配布ブースへ直行し「すいましぇん、2本くだしゃい」と欲張って右手と左手に1本ずつ握らせてもらったものの、バナナを握りしめたチンパンジーよろしく手がふさがってフタが開けられず、「ウッキー」と苛立ったりした。

8kmと9kmの区間タイムを後で確認しようとしたが、もうメチャクチャにボタンを押したようではっきりしない。どうもフィニッシュタイムは57分半ばではないかと思うが、コントロールライン上で電光掲示板に一瞬表示されたタイムを確認する余裕はわたしにはなかった。後に発表された結果表を見ると、わたしの正式タイムは55分53秒、総合順位は1822人中1260位、男子45歳〜49歳部門では150人中114位であった。あれだけへばったものの、当初の目標であった55分が見えるタイムが残り、一旦は敗北、とがっかりした自分としては大満足だ。ちなみに総合優勝は33分23秒、雲の上の上のお話である。


ゴールに打ち寄せられたわたし。

「そのうちフルマラソンに。そうだ、ハワイにでも行って走りたいな」とかなんとか気軽に口走ってはいたけれども、走りながら「こりゃフルマラソンの完走は容易ではないぞ」と反省した。それどころか「しばらくレースはお腹一杯だな」とまで思った。だが、走り終えてしばらくするとムクムクとやる気が湧いてくるから不思議なものだ。レースは本当に楽しかった。修行を積んで秋あたり、どこかのレースに出よう、と決めたわたしである。

ちなみに、写真には先にフィニッシュした女子ランナーがしゃがみこんでいるところが写っているが、女子のスタートは男子の5分後。このランナーはそこから追いついてわたしをぶち抜き、先にフィニッシュしてよっこらしょとしゃがんだ。そこへようやくわたしがふらふらとやってきたということになる。そんなに速く走ったらしゃがみこんだって当たり前さ。と、疲れ果てた負け老犬が精一杯強がりながら呆然と昭和記念公園の空を見上げると、倒れたランナーを移送する救急車の音があっちで聞こえ、こっちでも聞こえ、という有様でしたとさ。(ホント)