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『うちのクルマ、知りませんか』
物騒な世の中になったようで、車上荒らしどころかクルマを丸ごとトレーラーに乗せて持ち去る盗賊団が横行しているらしい。こんな大胆なことやられたんじゃ被害者もびっくりするよなあ、と思うワタシ自身が実はかつて、クルマを持ち去られた経験の持ち主だったりする。

もう大昔のことだ。学生時代、大学の構内にクルマを止めて飲みに行き、クラブの部室で寝るなどということをよくやっていた。少々飲み過ぎたある朝、部室で目覚め、二日酔い気味で講義を受け、夕方帰宅しようとしていつもの駐車場所へ行って、そこにクルマがないことに気づいた。いや、正確には「はて、ゆうべはどこにクルマを止めたんだっけ」と考え込んだ。

まさか自動車が一夜にしてなくなるなどとは思わない。しかも痛飲した翌日のことで脳味噌の動きも怪しい。「いけね、クルマを止めた場所を忘れちゃったよ」と、ワタシは見当はずれの慌て方をした。おそらく盗賊団にクルマを持ち去られた被害者の中にも、こんな思い違いをした人間がいるはずだ。

考えても考えても、クルマをどこに止めたか思い出せない。いつもの場所に止めたような気がするが、深酒の影響か記憶があやふやだ。結局、友人知人に電話をして「オレ、どこにクルマを止めた?」と聞きまくることになった。だが誰も他人のクルマのことなど気にしてはいないものだ。ところがそのうち、ある後輩が「あれ?今朝、ぼく、センパイのクルマと対向しましたよ」と言い出した。当時のワタシのクルマはラリー用ガリガリチューニングと塗装が施してあり、見間違うわけがない。

だが、その場に及んでもワタシはクルマを盗まれたことに気づかなかった。なんとまあ人の良いことに、「そうか、貸してたんだ。でもオレ、誰にクルマを貸したんだっけ」と、まだ首をひねっていたのだ。だが、どうしても思い出せず、ワタシは「深酒は怖いな〜、脳味噌が壊れるんだな〜」などとこれまた見当違いの感心をしながら、部室に戻りコタツに入って誰かがクルマを返しに来るのを待った。ところが夜が更けても誰も帰ってこない。

ワタシのクルマを目撃したという後輩に確かめると、「確かヒゲ生やして毛糸の帽子かぶった男が運転してました」と言う。そんなヤツは知らないし、さすがのワタシもようやく「これって、盗まれたってことかいな」と心配になってきた。自分のクルマが見あたらなくなって丸12時間以上経ってからのことだから、お人好しにもほどがある。という話は次号へ続く。

『レンタカー的盗難事件』
前夜大学の駐車場に止めておいたマイカーが忽然と姿を消した、という情けない話の続きである。ワタシのクルマが走っているのを目撃した人間が現れるに至って、のんきなワタシもようやく「盗まれたらしい」と気づき、けれどもどうすればよいのか思いつかずにとりあえず近所の交番へ行った。

だがクルマの盗難は置き引きの延長であって、届け出を受理するくらいしか警察も動きようがない。空き巣ならば現場検証に出動もしたのだろうが、乗用車の盗難、しかも盗まれた当人が「たぶん盗まれたんだと思うけど」と首をひねっている有様だから担当警官も困惑したに違いない。クルマはあんなに図体が大きなしろものなのに、ほんとに盗まれ損だ。

で、ワタシの事件だが、届け出たきりワタシには為すべきコトが何もなくなってしまい、虚しい日々をおくることになった。これが強奪でもされたのなら怒ったり悔しがったりもできたのだが、置き引きというのはなんとも気持ちのやり場のないものである。ところがクルマが姿を消して1週間ばかり経ったある日、下宿で寝ていると後輩が大学から電話をしてきた。「あのう」と彼はオズオズと語り始める。「クルマが、校門の脇に止まってますけど」

一瞬、何が起きているのかわからなかった。要するに、行方不明だったワタシのクルマが、勝手に大学へ帰ってきた、というのだ。慌てて現場へかけつけると、間違いなくワタシのクルマが何事もなかったかのように止まっている。自分のキーを使ってドアを開け各所を調べたが、何も壊れていないどころか、乱雑だった室内が整理されており、さらにガソリンがタンクに半分ほど増えていたりした。

ワタシの頭は混乱した。「オレはやっぱり誰かにクルマを貸していたのか?」と。だがわたしはずっとキーを持ったままだった。確かに戸締まりも怪しい自動車部の部室にキーを放置することはあった。そこに忍び込んだ何者かがキーをわざわざ複製したうえでワタシのクルマを持ち出し1週間ドライブした後、掃除しガソリンを入れて返してくれたということなのか。

結局真相は現在に至るまで明らかではない。果たしてあれは盗難だったのか。それとも酔っぱらいすぎたワタシがすべての記憶をなくしてしまっただけなのか。クルマが消えたときも不思議な気分だったが、戻ってきてなおさらわたしは不思議な気分になった。もう20年以上も前の話だ。万が一真相を知っている人がこれを読んだら、いまさら怒らないからぜひ連絡を。


解説:
週刊漫画ゴラクに連載コラムを書いてもう5年ほどになる。(2001年3月現在)
自動車に関わるあれこれを書けという話で、自動車レースの話ばかりでも漫画誌の読者は飽きるだろうと、できるだけサーキット外の話題を選ぶことにした。といって、いわゆる自動車評論家の乗用車レポート的原稿は書きたくはないので、こういうしろものを積み重ねてここまで来た。収録は2000年2月下旬に掲載された連載第190回と191回である。
『うちのクルマ、知りませんか』