解説:
2002年10月5日に、姪のN子が結婚した。流行のレストランウェディングで、飾らないスマートな人前結婚式と披露宴ではあった。一説にはわたしと女房のパーティーがお手本だったとか。そんなこともあってか、N子はわたしにN子側の来賓挨拶を依頼してきた。元来人前に出るのは億劫な人間ではあるが、不良の叔父としてしてやれることはそれくらいしかない。わたしの肩書きは「有限会社ひなた屋代表取締役社長」。そりゃいったい何者よ。「ギョエテとは、オレのことかとゲーテ言い」と斎藤緑雨の川柳など思い浮かべつつ、マイクの前に立ったのであった。文中、イニシャルのOK君、N子は、本原稿ではもちろん実名である。

本文:
N子の叔父にあたる大串でございます。ただいま、とんでもない肩書きでご紹介いただきましたが、実態は原稿をチマチマ書いては暮らしている不良中年でありまして、N子の周辺にいる親族としてはかなり出来の悪い部類に入る男でございます。

そんな出来の悪い叔父ではございますが、N子が生まれたときのことは、つい先日のように思い出します。当時、我が国の相撲界には朝潮という渋い力士がおりましたが、生まれたばかりのN子はなぜかその朝潮にそっくりでございました。

ところが時間というものは恐ろしいほどのパワーをもって、しかも恐ろしいほど速く流れるものでございます。かつての朝潮は、今やわたしがこうして見ましても眩しいほどの女性に育ち、今、OKクンというこれまたちょっといい男をまんまととっつかまえて、幸せな門出を迎えております。

こんなシアワセいっぱいのふたりに、不良の叔父から語る言葉など、ありはしないのではございますが、敢えて何か言わせてもらうならば、おふたりにはぜひとも、今あるシアワセを味わう生活を送っていただきたい。

今、二人は間違いなく幸せな状況にあります。そしてこの先、もっとシアワセになっていくのでありましょう。それはとても結構。憎たらしい話ではありますが、どんどんシアワセになっていただきたいと思います。未来に対する希望は、人間の成し遂げた進化の原動力であります。

ただ一方、わたしはこう考えるのでございます。シアワセとは、目標にする以前に、味わってこそ意味が出てくるものではないか、と。オバケと今度は出た試しがないと言いますように、今よりももっと、今よりもっとと考え続けていると、せっかくある日自分たちに訪れたシアワセを味わうことなく見過ごし、通り過ぎてしまいかねません。

といって、実は、人間にとって今あるシアワセを今味わうという作業は、思いの外難しいものでございます。ささやかながらも朝起きてああ、シアワセだ、夜寝る前にああ、シアワセだと本気で思える生活は、かなり心してかからないと送れないものです。

厳しい言い方をするならば、今をうやむやにして未来のシアワセを追いかけることなど、実は比較的簡単なのでございます。ただしそのかわり、冒頭申しましたように時間は恐ろしい勢いで流れて行ってしまいます。

おふたりには、ぜひともシアワセをリアルタイムで感じ取ることのできる生活を送っていただきたい。これが叔父のささやかな願いでございます。

おめでとう。そしてシアワセになったうえで、そのシアワセを存分に味わいながらこの先の人生を楽しんでください。そのほかには見習うこともないような叔父ではありますけれども、毎日毎日シアワセに、というよりものんきに暮らしているという点ばかりは、結構自信を持っております。落ち着いたら二人で、我々の暮らし向きでも勉強しに来てください。



 
『姪の結婚祝辞』